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大阪地方裁判所 平成8年(ヨ)670号 決定

債権者

竹下陽介

右代理人弁護士

井関和彦

債務者

松原観光有限会社

右代表者代表取締役

児島裕明

右代理人弁護士

長野義孝

松本康之

主文

一  債務者は、債権者を従業員として取り扱い、債権者に対して、平成八年三月一日から平成八年一二月三一日まで、毎月末日限り金一八万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立を却下する。

三  申立費用は、債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立の趣旨

一  債務者は、債権者を従業員として取り扱い、債権者に対して、平成八年三月一日から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り金二六万四六一〇円を仮に支払え。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

第二事案の概要

本件は、債務者が事業の廃止を理由に債権者を解雇したのに対し、債権者において、解雇は違法・無効であるとして、従業員としての地位保全及び賃金仮払いを求めている事案である。

一  前提事実(解雇経過)

1  債務者は、大阪市北区において梅田ガレージの名称で駐車場(以下「本件駐車場」という。)を経営し、債権者は、昭和五二年三月、債務者に期限の定めなく雇用され、以来、本件駐車場に、他の一名の従業員と共に勤務していた。

なお、本件駐車場敷地は、債務者代表者児島裕明及びその母親の被相続人である児島正廣(平成五年七月一八日死亡)の所有名義であった。

2  債務者は、平成七年一二月四日、債権者に、本件駐車場敷地が大阪市の計画道路に該当し立ち退きを迫られているので翌八年二月末をもって駐車場経営を廃止すると通告したうえ、債権者に解雇を予告した。

その後、債務者は、駐車場契約者との契約を解除し(〈証拠略〉)、債務者会社代表者児島裕明及びその母親は、平成八年一月一六日、本件駐車場敷地を大阪市に売却し、大阪市は、この売買を原因として同年二月二日受付所有権移転登記を経由した(〈証拠略〉)。

債務者は、平成八年二月二九日に、本件駐車場は買収され閉鎖することになったので、債権者を解雇すると通知した(〈証拠略〉)。

二  主張

(債権者)

1 大阪市は、土地買収を急いでいなかったが、債務者側が懇請するので、本件駐車場敷地を買収したのである。そして、債権者の加盟した労働組合が債権者の解雇予告について団体交渉を求めたのに、債務者はまったく応じないで債権者を解雇した。

これら事情からすると、債務者は、解雇を回避するために尽くすべき努力をまったくしていないが、そもそも、債務者の事業廃止に合理的理由はなかったというほかなく、また、解雇手続きも不当である。よって、解雇は権利の濫用で無効である。

2 債権者の平均給与は、月額二六万四六一〇円(夏冬の賞与を含む。〈証拠略〉)であった。

そこで、債権者は、従業員たる地位の確認と、債務者に対し、本判決確定に至るまで、平均給与である月額二六万四六一〇円の仮の支払いを求める。

(債務者)

1 債務者の事業収入の九五パーセント以上は、本件駐車場によるものだったので、債務者は、事業廃止につながる本件駐車場敷地の売却には消極的だったが、大阪市から懇請されてやむなく売却し、事業を廃止したのである。

すなわち、大阪市建設局街路部及び大阪市土地開発公社から、債務者に、道路改築事業を着手する旨の通知及び現地測量に伴う事業協力依頼の平成六年九月三日付文書(〈証拠略〉)が送付され、その後、担当者が再々訪れて事業の協力を求めるようになった。

そして、担当者が境界の確定ができないと隣地に迷惑がかかるので、境界確定を早急に行いたいと要望するので、債務者側は、これを了承し、平成六年一二月九日に、隣地所有者及び債務者の立会いのうえ、本件駐車場敷地の測量が行われた。

その後も、担当者が再三彦根市に居住する債務者代表者の許を訪れ、事業への協力を求めた。担当者の説明では、道路改修事業は平成一一年三月三一日までの事業認可となっているが、その日までに用地買収のみならず、道路整備も完了しなければならないので、早急に、本件駐車場敷地を買収したいとのことであった。

債務者は代替地の提供を求めたが応じられないとのことであった。また、債務者自身も平成七年六月以降、代替地を捜したが、適当な土地はなかった。

担当者において、平成七年度の事業として処理したいので早急な売却を強く求めるので、債務者としては、公共の事業のためなので平成七年一一月末に売却を決意し、債務者代表者において、平成六年一二月四日、本件駐車場で、債権者と他の一名の従業員に、本件駐車場を閉鎖しなければならないこと及びそれまでのスケジュールについて説明し、反対意見がないのを確認し、退職金として一六〇万円(債務者が積み立てていた六〇万円を含む)を支払う旨提示したうえ、同月二〇日に担当者に正式に売却に応じることを伝えた。

2 右のとおり、債務者は、事業が継続できるよう努力したが、代替地が確保できず、駐車場廃止のやむなきに至ったものである。

なお、本件駐車場敷地が都市計画道路に指定され、事業廃止の可能性があることは、債権者を雇用した際に、債務者は告知している。

三  争点

債務者において事業廃止による解雇に合理的理由があるか及び債権者が解雇を了承したかが争点である

第三当裁判所の判断

一  使用者側の事業の縮少(ママ)・廃止が解雇を伴う場合は、従業員に多大の負担をかけるので、その事業廃止等は合理的理由に基づくものでなければならないし且つ解雇手続において、その事情を明らかにするなどの手続きを尽くさなければならないところである。

本件にあっては、債権者は、昭和一九年生まれで解雇通知当時五〇才、債務者に約一九年間勤務していたのであるから、解雇が債権者に重大な負担を生じさせることは明らかで、事業廃止には、十分な合理的理由が求められるところである。

そして、債務者の事業は、専ら本件駐車場の経営であり、債務者も本件駐車場敷地の処分されることを理由に債権者を解雇したので、本件駐車場敷地の処分が合理的であったかが問題となる。

二  ところで、本件駐車場敷地は、債務者代表者児島裕明及びその母親の共有だったので、債務者は、同人らとのなんらかの契約関係に基づいてこの土地を使用していたはずである。

したがって、債務者の事業廃止が合理的理由があったか否かは、本来、債務者が債務者代表者児島裕明及びその母親との契約関係の解消に応じたことにつき、合理的理由があったか否かという問題であるところ、債務者は、債務者代表者児島裕明及びその母親との本件駐車場敷地利用についての契約関係を明らかにすることなく、本件駐車場敷地の処分はやむを得なかった旨主張している。

債務者のこのような態度は、債務者は債務者代表者児島裕明及びその母親と一体で、債務者自身が本件駐車場敷地の処分権限を有するのと同様の立場にあったことを前提としているものと解され、債務者の事業廃止につき合理的理由があった否かは、端的に、本件駐車場敷地の処分につき合理的理由があったどうかの問題として検討すれば足りると解される。

三  (証拠略)の登記簿謄本、債務者宛に送付された大阪市建設局街路部及び大阪市土地開発公社作成の平成六年九月六日付文書(〈証拠略〉)及び債務者の主張、債務者代表者の陳述書である(証拠略)によれば、本件駐車場敷地が事業認可期間を平成一一年三月三一日とする大阪市の道路改築事業の対象地となっていたこと、大阪市らが債務者を含む関係者に事業協力を求め、その後、平成六年一二月九日に、本件駐車場敷地の測量が行われ、平成八年一月一六日、大阪市に売却されたのであるが、債務者は、売却の経過につき、平成六年九月から大阪市から明け渡し交渉を受け、その間、大阪市に代替地を要求したがこの要求が入れられず、平成七年七月以降は、債務者自らが代替地を探したが適当な物件が見つからなかったが、担当者が平成七年度内の買収を懇請するので、平成七年一一月末に売却を決断し、一二月四日に債権者に解雇予告をしたうえ、同年一二月二〇日、担当者に売却を伝えたというのである。

道路改修事業は平成一一年三月末までだったとしても、大阪市としては土地買収を円滑に進めたいであろうから、債務者に平成七年度内の買収を懇請したことは、容易に推認されるところであるし、また、右のような事情からすると、本件駐車場敷地は、いずれにしろ遅くとも二年内には買収に応じなければならなかったと推測される。

しかし、債務者側で、他の事業に転換する目処がついて平成七年度内に売却せざるを得なかったとする事情等があったのであれば、平成七年度内の(ママ)売却することもやむを得ないところであろうが、右の債務者の主張・陳述からは、債務者側が平成七年一二月初めに至り、事業廃止及び従業員の解雇の負担があるにもかかわらず、本件駐車場敷地の売却を決意した動機は不明というほかない。すなわち、債権者の年齢、これまでの債務者の許での稼働状況を考えれば、債務者において、債権者の転職のために配慮があって当然なのに、退職金の点はともかく、債務者がその点を配慮した様子はなく、結局、債務者は、解雇予告期間さえ充足しておれば債務(ママ)者を解雇するについて問題はないと判断していたとしか考えようがない。

さらに、右解雇予告後、債権者は、大阪一般合同労組に加入し、同労組が平成八年一月一三日付加盟通知書を、同月一九日付解雇撤回要求書(〈証拠略〉)を債務者に送付したが応当はなく、この間の同月一六日に、債務者側は本件駐車場敷地を大阪市に売却し、しかも、この間の事情をまったく債権者に説明しなかったのである。その後の二月六日の団体交渉申入書(〈証拠略〉)に対しても同様の態度で、そのため、債権者は、本件駐車場敷地が債務者所有ではないことを本件仮処分命令申立まで気がつかなかったのである。

右経過からすると、債権者が解雇を了承したと認められないことは明らかであり、債権(ママ)者側が平成七年度内の事業廃止をやむなしと決意した動機が必ずしも明らかでないことやその後の労組への対応からすると、債務者は、従業員である債権者への対応を安易に考えて本件駐車場敷地を売却したもので、平成七年二月末の債務者の事業廃止に合理性はなかったと認めざるを得ず、よって、債権者の解雇は濫用で、無効と判断される。

債務者は、かねてから債権者に本件駐車場敷地が大阪市の道路改修事業の対象地となっていることを説明していたと主張するが、そうだとしても、右のような債務者の処置が免責されるものではない。

四  右のとおり、平成八年二月末の債権者の解雇は濫用で無効と認められるが、他方、前記のとおり遅くとも二年内の売却は必至で、本件駐車場敷地の買収、事業廃止はいずれにしろ確定しているところだったのである。

債権者の主張及び陳述(〈証拠略〉)によれば、債権者は、債務者からの給与のみで生活していたが、家族はなく一人であること(証拠略)(給与明細)によれば、債権者の給与はその主張どおりで、平成七年一一月から平成八年二月までの給与が月額二四万三三九一円(賞与を含めると月額二六万四六一〇円)であったこと、債権者は平成七年一月の阪神大震災で借家が全壊したことが認められる。

五  右疎明された事情からすると、債権者が少なくとも、平成八年一二月末までは、債権者が債務者に対して、労働契約上の権利を有する地位について仮に定めること、債権者の差し迫った生活の不安を除くために月額一八万円の限度の仮払金の支払いを認める限度で、本件申立は理由があるところなので、この限度で申立てを認容し、その余の申立を却下することとし、事案に鑑み債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡部崇明)

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